東京新聞:情報統制 死角見逃さず

2020-05-19

SF小説の巨匠アシモフの作品に「ターミナス」という銀河系辺縁の惑星が出てくる。人類のあらゆる知識の避難所が置かれたというその惑星の名を冠し、中国のネット上で活動するグループがあった。

蔡伟照片

蔡偉

陈玫照片

陳玫

 「ターミナスは忘れ去られた声を記憶する。永遠に忘れない」。「ターミナス」グループはこんな目標を掲げ、中国当局の検閲でネット上から削除された新型コロナウイルスに関する情報を保存し、誰でも見られるようにしていた。だが四月十九日、北京市の公安当局は、活動に関わったとされる蔡偉(さいい)(26)=写真(左)、陳玫(ちんばい)(26)=同(右)、いずれも関係者提供=、蔡の恋人女性の三人を公共秩序騒乱容疑で拘束した。

 ターミナスは二〇一八年四月から約二十人が関わり、新型コロナ以外にも、大学教師による性暴力や左派学生による労働者支援に関する文章など約六百本を保存していた。いずれも当局が情報拡散を抑えつけた事案だ。ネット上にこんな自己紹介も残る。「言論検閲と情報統制への抵抗が唯一の目標だ。現状に不満のある人は誰でも参加できる」

 実際、中国の情報統制はネット上でも徹底している。当局批判はすぐに削除され、書き込んだ人の会員制交流サイト(SNS)アカウントは凍結される。ツイッターやLINE(ライン)など中国発ではないSNSの多くは使えない。

 そんな中でもターミナスが情報を保存できたのは、主にIT技術者らが使う「GitHub(ギットハブ)」を利用していたためだ。米マイクロソフト傘下のSNSだが、規制の厳しい中国でも例外的に使用できるため「最後のフロンティア」と呼ばれていた。各種データやプログラムを共有でき、中国のアカウント登録数は米国に次ぐ。利用者の一人は「ギットハブが規制されれば、中国が後押しするハイテク産業にダメージとなる」と話す。

 実名でなくてもアカウントをつくれるなど匿名性も高い。ターミナスなど複数グループはこうした特徴を生かし、本来の使い方ではなく、情報統制をかいくぐる手段として使っていた。

 拘束された陳の友人は「ターミナスのようなグループには中心的リーダーがいない。従来の人権活動家と異なり、参加者は名前や顔を出さず、リスクを分散させている」と指摘する。

 では、なぜ蔡らは当局に身元を特定されたのか。ギットハブ利用者らは、蔡が実名の一部が含まれるメールアドレスを使っていたためと推測する。

 拘束された三人の友人らによると、湖北省出身の蔡は、国家主席、習近平(しゅうきんぺい)の母校でもある清華大大学院を出てネット関連企業に就職した。陳は広州市の名門、華南農業大でペット動物の権利などを研究し、北京の非政府組織で働いていた。二人は学生時代、農村に本を寄贈するボランティア活動を通じて知り合ったとみられる。一方、蔡の恋人は関与が薄いとして拘束を解かれたもようだ。

中国では今回のコロナ禍で、当局の情報隠蔽(いんぺい)が感染拡大を招いたとして、言論の自由が命や生活にもかかわると再認識された。このため統制の緩和を期待させる動きもあったが、新型コロナの発生源として中国の責任を問う声が欧米で高まると、共産党政権は当局の責任を追及する言論を徹底的に抑える姿勢を強めた。ターミナスのような存在を見逃すはずはなかった。

 蔡の弁護士によると、摘発には国家安全部が関わったとみられる。スパイ取り締まりなどを担当し、実態は謎が多い。弁護士は「当局はどこに拘束しているかも教えない。わざと情報を隠し、関係者を不安にさせている」と憤る。

 複数のギットハブ利用者は、当局者から蔡と陳の写真を見せられ、面識を問われた。捜査を恐れ、パソコンのデータを整理した利用者もいる。利用者の一人はおびえる。「一度公開された文章を保存しただけで拘束されるなら、自分も拘束されるのか」

 (敬称略、中国総局・中沢穣)

 ◇ 

 新型コロナウイルスの流行は、世界で最初に中国を揺さぶり、その波紋は今も収まらない。二十二日から始まる全国人民代表大会(全人代、国会に相当)を前に、この疫病が中国社会に刻んだ痕を追った。

【特别声明】本文已获日本「東京新聞」授权转载。

【原文链接】https://www.tokyo-np.co.jp/article/25787

【原文作者】中沢穣